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  01  マルチなクリエイター
 INDEX
ル・コルビュジエって、どんな人!?
建築家から子供まで楽しめる。見るだけじゃない!体験型展覧会。
-   01 マルチなクリエイター
  画家でもあったル・コルビュジエ
  02 六本木に あのル・コルビュジエ建築がすっぽり!?
  パリのアトリエや“ユニテ・ダビタシオン”などを実寸大模型で体験
  03 CGで、あの名作邸宅の中を回遊する疑似体験
  名作椅子に座りバーチャル体験できる、あの建築が世界遺産に!?
  04 人と都市への想い 公共建築と都市計画
  時代と理想の狭間に…
  実現しなかった壮大なプロジェクト
  05 “あそび”も“まなび”も楽しめる!
パブリックプログラム
  こどもツアーに一流建築家レクチャー
  あらたな発見満載のプログラム
  06 期間限定!食べて飲んでル・コルビュジエ・コラボ
  六本木ヒルズのあのカフェやレストランで…。座る、味わう、読む。
  07 あなたの家にもル・コルビュジエが…オリジナルグッズ
  人気の展覧会限定ミュージアムグッズ
 ミニコラム イベントリポート
シンポジウム レポート
「ル・コルビュジエと現代—21世紀における意味と世界遺産登録へ向けて」
5月26日(土)アカデミーヒルズにて
第二部
「現代におけるル・コルビュジエの存在」

出演:伊東豊雄(建築家)、青木淳(建築家)、千葉学(建築家)、南條史生(森美術館館長)

ル・コルビュジエの精神がいかに深く現在の日本の建築に影響を与えているかを、気鋭の建築家三名が語ったオープン初日のシンポジウムが開かれました。
1965年、ル・コルビュジエが亡くなった年より設計の仕事を始めた伊東氏はル・コルビュジエから多大な影響を受け、展覧会でも展示されているル・コルビュジエの代表作「Domino」の名前を借りて住宅シリーズを作ったというエピソードを披露されました。ル・コルビュジエの“常に何かを変えていく精神”、自由と豊かさを象徴した後年の作品、そしてその生き方に強く惹かれているそうです。
伊東氏より5年後輩の青木氏は、氏の作品・青森県立美術館を設計する際にル・コルビュジエの「La Tourette」のような作品を作りたい、という想いを持っていたとのこと。青木氏の感性に触れる現代美術作品とル・コルビュジエの代表作を対比するなどして、その建築の魅力を紹介してくれました。
千葉氏は青木氏よりさらに5歳年下。既に巨匠であったル・コルビュジエは大学の課題でトレースの対象となる存在で、ただその本当の良さは学生時には分からなかったそうです。その後安藤忠雄氏の助手時代に、あるル・コルビュジエ作品の模型を制作した際、その単純な構造ならではの卓越した表現に気づき、以来、彼が光や風といった“環境”を抽象化して捉え、それを建築空間に取り入れたところに惹かれるようになったそうです。
世代が異なる三氏、ル・コルビュジエに対しての思い入れや出逢い方、そして受けた影響がそれぞれ異なり大変興味深く、会場からも笑いや感嘆の声が聞かれました。

写真提供:森美術館

 シンポジウム第一部
 「世界遺産登録へ向けての国際的動向」
  レポートはこちら
  01  マルチなクリエイター
あまり知られていないことですが、建築家であったル・コルビュジエは絵画でも独自の感性を発揮し、建築のインスピレーションの源となったと思われる作品を多数生み出しています。油彩画の数はなんと、生涯に450点あまり。この展覧会の一番初めの“セクション1 アートを生きる”には、初期の素描から1962年の彫刻作品まで、51点の作品が並びます。

スイスに生まれたル・コルビュジエは、地元の美術学校で学び、1917年にパリへ移りました。1918年に「ピュリスム」という絵画様式を唱え作品を発表。暖炉の上に白く四角い物体が置かれている「暖炉」と題された作品には、コルビュジエ建築の原イメージを見ることができます。
ル・コルビュジエ
《暖炉》
1918年
所蔵: ル・コルビュジエ財団
(c)FLC
自著で新しい絵画様式を提唱し、その後建築においても独自の理念で様々な論争を巻き起こしたように、ル・コルビュジエは思想家としての側面も持っていました。彼の初期の思想を最もよく表わしているのは、1920年から編集に携わった雑誌「レスプリ・ヌーヴォー」。それまで彼は本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレで活動していましたが、この雑誌で使ったペンネームLe Corbusierのペンネームが浸透し、雑誌が廃刊になった1924年以降、絵画でもこのル・コルビュジエを使うようになりました。

また、所員であったシャルロット・ペリアンとともに多くの家具を開発、今で言うインテリアデザイナーとしての側面も見られますが、それは彼が家具を近代的な生活において重要な要素と見ていたことの表れと言えます。会場では、ル・コルビュジエがデザインした車の模型を展示しています。自動車がまだ限られた富裕層だけのものだった時代にそのアイディアとデザインは時期尚早で、実現することはありませんでした。

ル・コルビュジエ
《レスプリ・ヌーヴォー》
1920年~1924年
(c)FLC
ル・コルビュジエ
《女と雀》
1957年 220x223cm
タペストリー
(c)FLC
1928年以降、ピュリスムに関心を示さなくなったル・コルビュジエの作品は、より自由で情熱的になっていきます。
絵画のモチーフをそのまま彫刻にしたような、鮮やかな色彩、幾何学的な形状が四角いフレームに収まっている作品など、絵画的な彫刻を制作しています。
本会場では、東急文化会館のために制作された緞帳のほか、数々のタペストリーも展示されています。ル・コルビュジエはタペストリーを装飾の一部ではなく、移動する壁画だと考えていました。