生まれ変わる毛利庭園

土地の記憶を失わないために…

水の記憶

「ニッカ池」と呼ばれ皆様に親しまれてきた池の姿は現在見ることができません。ニッカ池は現在の毛利池の下に隠れているのです。

六本木六丁目の再開発にあたって、新たに緑地「毛利庭園」を整備することになりました。 将来のさらなる発掘調査などの可能性を残すため、ニッカ池の池底を固めるとともに周辺の地盤改良を行い、防護シートで覆い、埋土保存を行いました。この「埋土保存」によって、六本木ヒルズに水と緑を提供するとともに、歴史的遺産としての将来性を担保することが可能になったのです。

(右写真)ニッカ池の四季 左から春・夏・秋・冬(伊藤照彦写真集「六本木六丁目残影」より)
(右下図)断面図 ニッカ池の遺構は「埋土保存」により地下に残されている。

樹木の記憶

再開発地区には、長い間住民の方々に愛着をもって育てられ親しまれてきた樹木がたくさんありました。毛利庭園を再整備するにあたって、桜(ソメイヨシノ)や楠、榎、銀杏の木などを残すとともに、庭園内にあった石材の一部を再利用するなど、歴史が感じられる庭園を目指しました。

特に大銀杏の移植は、大掛かりな作業となりました。保存が検討された中で最も大きな木であったため、歴史性を伝えるシンボルツリーとして移植されました。木の形を変えることなく、傷つけないよう保護しながら、高さ20メートル、幹の幅(目通り)4メートル66センチメートル、枝の広がりは15メートルという大きな銀杏を移植することに成功したのです。

(右上写真)大銀杏移植作業(1994年)と現在の大銀杏
(右下図)植栽配置図

六本木六丁目再開発事業

道幅が狭いために消防車が進入できず、消防活動に困難を極めるような街並みだった六本木六丁目。テレビ朝日本社建替計画を機に、都市環境の改善が目指されました。1986年東京都により「再開発誘導地区」に指定されて以来17年の月日を経て、2003年「六本木ヒルズ」として生まれ変わりました。